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【医師解説】京大病院の医療ミス。当時の会話を再現してみた

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京都大学医学部附属病院のホームページに、事故の詳細な状況について記者会見の発表内容が開示されたため、追記します。

京都大学医学部附属病院
「炭酸水素ナトリウム誤投与による急変死亡について」

https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/info/pdf/20191119_01.pdf

 

本事案の経緯については上記に詳しく書かれていますが、
今回は報告書を元に会話形式で再現してみました。
(語気に関しては一部妄想が含まれます)

 

薬の濃度間違いによる死亡事故の過去記事は、以下をご覧ください

 

 ・・・・・京都大学医学部附属病院のとある病棟にて

 

担当医「あの入院してる心不全の患者、急ぎで造影CT撮ろ」

 電カルで枠を確認するも、CTの検査は当日枠が空いていなかった

担当「1時間しか無いけど、とりあえず緊急で入れてくれ!」

 造影CTをオーダーすると、放射線科医から担当医のピッチに連絡が来た

放射線科医「先生、この患者さん腎機能がそこそこ悪いんで、普通は6時間前から生食点滴しないといけませんよ」

 マニュアルを見ながらそう説明する放射線科医

担当「えー!ほんとですか、何とかなりませんか?」

放医「一応、時間なかったら重曹点滴って方法もありますけど」

 造影前に重曹(炭酸水素ナトリウム)の処方経験が無かった担当医

担当「重…曹?メイロンのことですよね」

放医「うーん、私たち、普段あんまりオーダー画面見ないんですよね」

 検査や読影を専門とする放射線科医は、オーダリングをほとんど使用しない

放医「でも、重曹がメイロンっていう名前なら、それじゃないですか?」

 実際、メイロン=重曹(炭酸水素ナトリウム)だが8.4%の濃度のみで、重曹点滴として用いるものは1.26%の炭酸水素ナトリウム液と、大きく濃度が異なっていた。

 加えて、メイロン8.4%は250mlのバッグ、炭酸水素ナトリウム1.26%は1000mlのバッグと、規格も異なっていた

 

担当「えーと、メ・イ・ロ…」

 と、担当医がオーダー画面に打ち込むと、メイロン8.4% 250ml等が表示された

担当「造影の時は、1000mlいくんですかね?」

放医「そうです」

 プロトコールでは、造影1時間前に3ml/kg/H、造影3時間後まで1ml/kg/Hが一般的
 そのため、体重60kgでも総点滴量は500~700mlに満たないことが多い。

担当「どうもですー」
担当「えー…てことは、この250mlを4本点滴すればいいってことだよね?」

 オーダーに違和感を覚えつつも、この点滴の使用経験が浅く、更に検査まで時間がなかったため、薬剤師にも相談せずオーダーした。

 

 その後、メイロン8.4%の250mlバッグが4本、病棟へ届けられた
 心不全患者にとっては、致死的な水負荷となりうる量である

看護師「せんせー、これ多いけど、全部イっちゃっていいの?」

担当「うん。イっていいよ」

 

 濃度の高い炭酸水素ナトリウムを速く点滴したせいか、患者は血管痛を訴えた

患者「腕が痛くなってきたんですけど」

看護師「や、ちょっと滴下速度早すぎたかな?」

 投与速度を下げ、穿刺針を太くすることで一旦は痛みが消失する

 

 ・・・・・(造影CT終了)

 造影剤の検査が終わっても、3時間にわたって計1000mlのメイロン点滴が続いた

 

患者「ちょっと、体がおかしいよ。先生呼んでよ」

看護師「先生も知ってますよ。様子をみるように言われてますから大丈夫」

患者「そうですか・・・」

 

 その後、病棟内のトイレで転倒し、心停止になっている患者が発見される

当番医「心停止してる!ベッド移して、心マ(CPR)するよ!!」

 CPR開始から30分後、自己心拍は再開したが心臓マッサージによる気胸を生じ、口から大量の血液が溢れた。

当番医「あー!挿管してCV採ってドレーン入れてぇぇ!!」

 そして気管挿管胸腔内ドレーン留置人工心肺補助装置(PCPS)を行ったが、出血が持続するため、開胸して止血を行った。

 

担当「そういや、抗凝固薬飲んでる…出血が止まらんわけだ…」

 この患者が抗凝固薬のプラザキサ(ダビガトラン;抗凝固薬)を内服している状況を把握できておらず、遅れて中和薬であるプリズバインド(イダルシズマブ)を投与した。


 その後も体内の出血傾向が止まらず、6日後に患者は死亡した。
 プラザキサの半減期12時間でワーファリンよりは短めだが、腎機能障害の程度によっては延長することもある。

 

・・・・・

 

以上となります。

 

ここまでの経緯でいくつか疑問点を挙げます

1. この患者が造影CTを撮ろうとした理由

 心不全+腎機能障害だけであれば、造影CTを撮る理由としては薄いように感じます。虚血性心疾患を疑って、冠動脈CTなどを撮る予定だったのでしょうか?
 病院の文書にも、検査は「必ずしも当日緊急で実施する必要性はなかった」とあるため、担当医の都合を優先して、安全管理を疎かにしてしまったと言わざるを得ません。

 

2. 1.26%炭酸水素ナトリウムをマニュアルとして推奨するべきか

 造影CT前の造影剤腎症の予防として生理食塩水 vs 重曹輸液が多く比較されていますが、メタ解析でも有意差が出たり出なかったりです。ガイドライン上は、時間の無い時には、血液のアルカリ化が腎障害を抑制すると言われており、弱い推奨となっています。
 しかし、今回のような事故を起こすリスクを考えても敢えて使うほどか・・・と言われると疑問です。

 

3. 薬剤師はオーダーされた時に、異変に気が付かなかったのか

 担当医の知識・経験不足が今回の事故の発端と言えますが、それでも防げる場面はいくつかあったように思います。医師が薬剤師に相談していれば。薬剤師がメイロン1000mlという見慣れないオーダーに対して疑義の連絡をしていれば。看護師にメイロンの投与に慣れた人がついていれば。
 個人的には、禁忌ではないにしても薬剤師が気を効かせる場面かと思います。医者贔屓でしたらごめんなさい…。

 

 

以上になります。

 

 京大病院は本当に優秀な人材が揃っていると思いますが、大きな病院にありがちなのが、ヨコの繋がりの脆弱さ。他職種同士の連携がないと穴あきバケツは埋まらないので、徹底した再発防止策を望みます。